防災を日常に、「自分らしく」備える力を育む社会へ
▲(左から)株式会社KOKUA /代表取締役 CEO 泉 勇作さん 株式会社epi&company /代表取締役 CEO 松橋 穂波さん
「株式会社KOKUA」は2020年に創業し、「人々が自然と防災に取り組める社会」を実現するために、災害への備えを日常から進めるための防災ギフト事業などを展開するベンチャー企業です。
一方、「株式会社epi&company」は、モデル事務所として、外見だけではなく、内面も美しく自信を持ち、それをビジネスに最大限に活かせる女性を育てる活動を行っています。
今回は、株式会社KOKUAの代表取締役
CEO 泉 勇作さんと、株式会社epi&companyの代表取締役 CEO 松橋 穂波さんで、クロストークを行いました。
震災の経験から始まった、それぞれの歩み
プロフィールと現在の活動内容を教えてください。
泉私は兵庫県神戸市の出身で、幼少期に阪神・淡路大震災を経験しました。東日本大震災が発生したのは、大学入学の直前でした。京都市にいたため、直接の被災はありませんでしたが、日本全体が大きな困難に包まれる中で「自分にできることは何か」と考え、学生時代から災害救援活動に参加するようになりました。
その活動は現在も様々なNPOを通じて続けていますが、一方で「事業の力で防災を広めたい」との思いから、2020年に株式会社KOKUAを創業しました。防災グッズだけを集めたカタログギフト「LIFEGIFT」や、Web上で質問に答えるだけでAIが一人ひとりのリスクに応じた最適な防災セットを提案するパーソナル防災サービス「pasobo」を展開し、「人々が自然に防災へ取り組める社会」の実現を目指しています。
松橋私は青森県八戸市の出身で、大学進学を機に仙台へ移り、在学中に東日本大震災で被災しました。震災直後は、ボランティアとして瓦礫撤去や泥のかき出しなどのニーズが多く、体力的な面で「本当に役に立てているのだろうか」という思いもありました。ライフラインが整い始めた頃からは、むしろ「心のケア」など、ソフト面での支援こそ自分にできる役割だと考えるようになりました。
そのきっかけとなったのが、被災時に海外から届いた化粧品です。命に直結するものではないけれど、それがあるだけで気持ちが少し明るくなり、背中を押してくれる存在になると気づきました。そこで被災地でファッションショーを開催し、女性たちが再びおしゃれや化粧を楽しむ場をつくりました。活動を続けて行く中で、参加者が自信を取り戻し、新しい挑戦に踏み出す姿を目の当たりにし、「きっかけがあれば人は変われる」と実感しました。こうした活動を発展させ法人化し、現在はモデル事務所を運営しています。外見だけでなく内面からも美しく、自信を持ち、モデル活動ができる女性を育てることを目指しています。
防災に関わる活動を続ける原動力になっていることを教えてください。
泉私の原動力は大きく二つあります。ひとつは、災害救援活動の経験です。地震だけでなく、豪雨や台風、豪雪災害などが毎年のように発生しています。報道されても、被災していない方は忘れてしまいがちですが、現地では多くの方が途方に暮れている現状があります。現地でボランティアをする中で、「事前に備えていれば避難所での生活や被害をもっと軽減できたのでは」と痛感する場面に何度も出会いました。だからこそ、一人でも多くの方に、自分のリスクを知り、正しく備える防災を伝えたいという想いが強くなっていきました。
もうひとつは、防災を支えてきた多様な先人の存在です。研究者や行政、NPO、事業者など、利益に直結しなくても想いを持って活動を続けてきた方々が大勢います。その姿に学びつつ、私は事業という形で防災を広げ、絶やさずつなげていく役割を果たしたいと考えています。むしろ多くの方から力をいただきながら続けられている、というのが正直なところです。
松橋私の場合は、まず「好きだから続けられている」というシンプルな想いがあります。そしてもう一つ大きな原動力は、関わってくれる女性たちが変わっていく瞬間を目にすることです。輝いている姿を見られることが、私自身の力にもなっています。
世の中のモデル事務所は年齢制限が厳しいことが多く、オーディションは10代から20歳前後、ミスコンも28歳までといった条件が一般的です。でも、私の事務所には30代以上の女性が多く応募してくれます。その多くは「自信がなくて若い頃に挑戦したかったけどできなかった」「結婚や子育てで夢を追いかけることができなかった」という後悔を抱えていた方々です。特に、コロナ禍が明けたタイミングで、新たに挑戦しようと門を叩いてくれた方が増えました。
震災で強く感じたのは、「明日やりたい」と思っていたことが叶わないまま命を落とした方が多くいたことです。だからこそ、後悔を抱えるのではなく、自分のやりたいことや夢に一歩でも近づいて、今を楽しんで生きられる人を増やしたい。そのために女性が輝ける場所をつくることが、私の活動の原動力になっています。
防災に携わる中で「大切にしていること」「工夫していること」を教えてください。
泉大切にしているのは、「防災を特別なものにしない」ということです。防災は「非日常のための特別な備え」と思われがちですが、実際には経済活動や日常生活のあらゆる場面に結びついています。例えば、こどもを保育園に通わせる時や、住まいの選び方・生活導線にも密接に関わっています。
私たちが工夫しているのは、「防災を日常の中に自然と組み込むこと」です。9月1日の防災の日だけ特別に考えるのではなく、引越しや進学、結婚祝いといった人生の節目に触れる機会をつくるようにしています。「LIFEGIFT」では、「防災だから」という理由よりも、デザイン性や「大切な人に思いを伝える」というコンセプトが共感され、選ばれるケースが多いです。そうやって日常の延長線上に防災を置き、自然に続けられる仕組みを意識しています。
松橋泉さんのお話を聞いて、根本は同じだと感じました。私の活動のきっかけは、先ほども話した海外から届いた化粧品です。支援者の方からその化粧品をもらった時に「あなたは被災者である前に一人の女性だから、こういうものも必要でしょう」と言われ、ハッとしました。当時の私は「被災者だから化粧してはいけない」「おしゃれをしてはいけない」と思い込んでいたからです。
でも本来、被災者である前に一人の人間であり、震災前の生活や生き方がある。それを忘れてはいけないと思いました。だからこそ「不謹慎」と言われても、当たり前に化粧やおしゃれをして、外出できるようになることが、本当の意味での復興だと考えています。
私自身が心がけているのは、「配慮はするけれど特別扱いはしない」ということです。被災者であっても、一人の女性としておしゃれする権利があるし、メイクをして輝いていい。弊社には現在もシングルマザーや子育て中の女性などがモデルとして所属していますが、「生活が大変だから特別に扱う」のではなく、プロとしてきちんと向き合う。そのスタンスを大切にしています。
活動を通して、関わる方々にはどのような変化が生まれたと感じられますか?
泉利用者の方々の一番の変化は、防災を「自分ごと化」して考えるきっかけが生まれたことです。例えば、防災ギフトをきっかけに、初めて消火器や備蓄品を持ったという声が多くあります。たった一つでも備えがあると、地震や台風の報道を見た時に「これで十分だろうか」と考えるようになり、災害をより身近に感じるようになります。
また、企業向けに防災ギフトを導入することで、従業員が防災に初めて関心を持つきっかけになり、企業としての備えを考えるようになります。その結果として、防災対策や防災用品の導入につながるケースも増えており、防災のきっかけとして広がっていることを実感しています。
松橋私が感じる大きな変化は、女性が自信を持ち、行動できるようになることです。モデル活動を通じて変化した自分の見た目やできることが増えたことに嬉しくなる、さらに「きれいだね」「素敵だね」と周りからも評価されることで、自分を少しずつ好きになり、自己効力感を育てることができます。
実際に、事務所を卒業後に起業する人や、希望していた企業に就職して成果を上げる人もいます。外見だけでなく、内面から自信を育てることで、人生の先々まで生かせる力を養うことができるのだと感じています。
また、泉さんがおっしゃっていた「自分ごと化」に通じると感じたのが、過去にファッション系専門学校の学生と企画して、仙台防災未来フォーラムで披露した「防災×ファッションショー」です。停電などの際に利用できる反射材を取り入れた服などを学生たちが楽しみながら制作し、防災は難しいものではなく、工夫次第で身近に取り入れられることを実感できる取り組みになりました。参加した学生にとっても、新しい気づきにつながったと感じています。
防災を日常に、自信をつけて災害に備える
それぞれの視点で、防災に対して感じることはありますか?
泉大切だと感じているのは「自分ごと化」です。性別や年齢、障害の有無など、多様な背景によって必要な備えは異なります。例えば、聴覚障害のある方は補聴器の電池が避難所では手に入りにくいといった課題があります。こうした多様な背景に応じた備えや支援をどう設計するか、もっと議論が必要だと感じています。
こうした中で、防災を広げるには行政だけでなく、企業の力も必要になります。弊社では住宅業界と連携し、入居者サービスの一環として防災対策を提供した事例や、福利厚生を扱う企業とは防災ギフトを活用いただく事例もあります。こうした「事業の目的」と結びついた防災は、企業活動の中に自然と組み込むことができ、無理なく持続的に広がっていくと考えています。
防災を特別なものとせず、日常や企業活動に組み込んでいくことが、これからの時代に必要なことだと思います。
松橋私は防災を直接的に掲げているわけではありませんが、活動の中で「防災につながっていた」と思えることが多いです。活動の一つであるウォーキングレッスンでは、正しい歩き方を身につけることで体への負担が少なくなり、長く自力で歩けるようになります。これは結果的に避難の際に「自分の足で逃げられる力」につながります。
また、女性が自信を持ち、自己効力感が育つことは、災害時に必要な「自分で考え、動ける力」にもつながると思っています。そうした積み重ねが知らず知らずに防災に直結しているのだと感じています。
今後、活動を通してどのような社会の変化を期待していますか?
泉私が期待しているのは、すべての人が自分の住んでいる場所のリスクを知っている社会です。自然災害からは避けられませんし、安全な場所への引越しや高額な防災グッズの購入も簡単ではありません。でも、自分が住んでいる地域にどんな災害リスクがあるかを知ることは誰でもできます。これが備えの第一歩です。
地球上で暮らしている以上、自然と共生することは避けられません。だからこそ、防災は特別なことではなく、暮らしの中に組み入れられる仕組みを広げたい。人生の節目に、例えば、防災対策を通して備えることが当たり前になれば、人々の意識は確実に変わります。
松橋私が期待しているのは、女性がもっと自由に、自分らしい生き方や働き方を選べる社会です。モデルや芸能の世界はこれまで所属事務所に縛られる形が一般的でしたが、今はフリーで活動する人も増えています。一方、フリーでやっていくには、ビジネスやコミュニケーション、財務などの知識が必要で、学びの場はまだ十分ではありません。
だからこそ弊社では、外見だけでなく、内面やスキルも磨ける場所を提供したい。業界全体ももっと寛容になり、女性がライフスタイルに合わせて働き、子育ても楽しみながら暮らしていける。このことが女性の幸せにつながり、社会全体も豊かになっていくと信じています。
今後の展望について、教えてください。
泉これからは、「防災を特別なものにしない」ためには、様々な社会的制度や企業活動の中に自然と組み込んで、防災を届けることが重要だと考えています。その一環として、新たに一般社団法人を立ち上げ、防災に直接関わっていなかった研究者や企業の方々とも連携し、被災地を訪れて実情を知る機会を広げていく予定です。行政に限らず、企業の福利厚生や日常のサービスの中で防災に触れる仕組みを増やし、ハブとして人や組織をつなぎながら裾野を広げていくことが、今後の大きな展望です。
松橋私の原点は被災地で始めたファッションショーなので、今後もその活動を広げていきたいです。ファッションショーは本来、プロのモデルのための舞台ですが、一般の方も性別や年齢を問わずに気軽に参加できるものにしたい。楽しみながら歩く力をつけることは、防災や健康にもつながります。仙台だけでなく全国、そして世界でも、誰もが輝けるファッションショーを開催し、人々に前向きな力を届けていきたいです。
お互いのプロフィールや活動内容を知り、今後一緒にやってみたいことはありますか?
泉松橋さんと一緒に被災地に行ってみたいと思っています。豪雨災害などで被災された方々は、家に戻れず楽しみが失われてしまうことも多いですが、そこに「歩くこと」や「美しさ」をテーマにした出張教室のような取り組みを届けられれば、心の支えになるはずです。モデルの方々にとっても、防災を「自分ごと化」して感じる機会になると思います。小さな一歩からでも一緒に始められれば、大きな化学反応が生まれるのではと期待しています。
松橋私たちはモデルという特性から「見た目」や「発信力」が強みです。単体の商品やサービスを紹介するだけでなく、人が関わることでプロモーションや認知は大きく広がります。防災も、正しい情報から入る人もいれば、「推しのモデルが持っていたから興味を持った」という入り口もあっていいと思います。それが自分を守る行動につながるなら大きな意味があります。新しい入口づくりとして、弊社のモデルたちとコラボできたらおもしろいと感じています。
これから防災を事業として始めたい方へのメッセージはありますか?
泉防災事業は正直に言うと茨の道です。利益が出やすい業界ではなく、それでも続けていくには強い想いや覚悟が必要です。だからこそ、すでに活動している研究者やNPO、事業者など、志を持って取り組んでいる人たちに頼り、連携することも大切です。防災は切り口が多く、一人では到底カバーできません。仲間の知恵やリソースを合わせ、みんなで取り組むことを忘れないでほしいと思います。
もし迷ったり困ったりしたら、私自身にも気軽に頼っていただいて構いません。必要に応じて最適な人を紹介することもできますし、一緒に考えることもできます。新しく挑戦する方を孤立させず、みんなで防災を広げていければと思います。
松橋私は防災を専門にしているわけではありませんが、自分にできることをできる範囲で、無理なく続けることが大事だと感じています。「やらなきゃ」と義務感だけで動くと疲れてしまいます。行動に移せなければ頼ればいいですし、工夫しながら楽しんで続けることが大切だと思います。
今回のクロストークの感想を教えてください。
泉とても新鮮でおもしろかったです。普段は防災の専門家や同じ業界の方と話す機会が多く、どうしても意見が似通ってしまうのですが、松橋さんの活動を通じた視点には新しい気づきが多くありました。防災をファッションショーのような切り口で表現するという話も、日常に自然と防災を取り入れる発想として非常に刺激になりました。改めて、防災に大切なのは特別なことではなく、いかに日常の中に溶け込ませるかだと再認識できた時間でした。
松橋同年代で活躍されている泉さんとお話しできたのは、とてもうれしい機会でした。正直、防災は自分にとって身近なテーマではなかったのですが、振り返ってみるとこれまでの活動の中にも自然と防災につながる要素があったことに気づかされました。全国的に大きな規模で取り組まれている泉さんのお話からは力強さを感じましたし、自分にとっても新しい視点を得られる時間になりました。今回をきっかけに、今後一緒に取り組めることがあればうれしいです。

株式会社KOKUA
