メディアとして情報を伝えるだけではなく、その先の行動を促していく

河北新報社 防災・教育室×TOHOKU360

▲(左から)河北新報社/防災・教育室 部長兼論説委員会委員 須藤 宣毅さん TOHOKU360 安藤 歩美さん

モリノカレッジは、みんなのつながりの
輪を広げるプラットフォーム。
互いの価値観やアイデアがクロスしたら、
どのような効果が生まれるのでしょうか?
クロストークをヒントに、あなたの活動の
可能性をぜひ、広げてみてください。

宮城県を中心に東北6県で新聞「河北新報」を発行している河北新報社(以下、河北新報)の防災・教育室では、防災・減災に関連した様々なプロジェクトを行っています。一方、TOHOKU360は、東北6県に住む多様な住民がそれぞれの視点で発信する、市民参加型のニュースサイトです。
それぞれ「メディア」に関する活動を行う河北新報の防災・教育室部長兼論説委員会委員の須藤宣毅さんと、TOHOKU360の編集長である安藤歩美さんでクロストークを行いました。

東日本大震災を経て、それぞれの想いが現在の活動につながる

はじめに、現在の活動内容を教えてください。

須藤1992年に河北新報に入社しました。本社報道部、福島総局、東京支社編集部などを経験し、現在は本社の防災・教育室に所属しています。2006年に防災士の資格を取得しましたが、社内第1号でしたので、防災関連の取材は自然と私が担当することになりました。

防災士の資格を取得したのは、2005年に施行された「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」について、色々な防災の研究者に取材をしたことがきっかけです。当時は東京にいたのですが、宮城県沖地震は40年に1回の周期で発生する可能性があり、前回の宮城県沖地震発生(1978年6月12日)から30年近く経とうとしていたので、「きちんと防災を勉強して地元に発信しないとダメだよ」と、多くの研究者に言われたからです。

東日本大震災の前年8月から、本社報道部で防災を担当する取材班のキャップをしていました。先ほども話したように、宮城県沖地震のこともあり、河北新報では地震や防災の原稿はどこの新聞社よりも多かったと思います。ですが、東日本大震災では宮城県だけでも1万人以上の犠牲者が出て、従来の防災報道の手法では不十分だと思い、防災ワークショップ「むすび塾」を2012年5月から開始して、直近では2024年の2月の開催で114回になりました。

防災・教育室自体は2016年に設立され、翌年の2017年に仙台市や大学などと協力した通年講座「311『伝える/備える』次世代塾」を開始し、大学生を中心に若年層への震災伝承と防災啓発の担い手育成を行なっています。2021年からは、宮城県内の中学生を対象に、震災の教訓や災害への備えを学んで発信する「かほく防災記者」の取組も行い、それらを担当しています。

安藤私は震災後に、産経新聞という新聞社の赴任で宮城に来て、震災報道を中心に新聞記者として現場取材をしてきました。その後、独立して2016年にTOHOKU360を立ち上げて、東北各地の市民の方がそれぞれの視点で取材して記事を書く市民参加型のニュースサイトの編集長を続けています。

もともと、プロではなく市民の方がニュースを書いたらおもしろいのでは?という発想があって、毎年ニューススクールを開催して取材執筆のルールを教え、修了した参加者には「通信員」として活動してもらっています。

私個人の活動としては、記者や編集者をしながらメディアの立ち上げやコンテンツ制作を手伝ったり、ラジオやテレビなどのメディアに出演・企画したりと、宮城と東京を拠点に、色々なメディアづくりや編集の支援を行っています。

活動の特徴を教えて下さい。

須藤防災・教育室では、ワークショップの企画・運営をしたのち、それを記事にして紙面で紹介します。その企画・運営が一般的な編集の仕事と違う部分ですね。「むすび塾」は、町内会や学校、職場といった小さな集まりに働きかけ、防災の専門家と一緒に震災を振り返り、その場所や地域に必要な防災対策などを話し合います。教訓を掘り起こし、実践につながる備えの意識と行動につなげることが狙いです。

ワークショップという形式にしようと発案したのは、当時の報道部長でした。震災の半年後にアンケートを取ったのですが、河北新報の防災報道は震災で役に立たなかったという回答が7割もありました。ただ、私はもっと多いと思っています。やはり亡くなられた方は回答できませんし、私は実際に対面でアンケートをとりましたが、被災された方々から「誰も傷つけたくない」という気持ちがすごく伝わってきて、役に立たなかったとは答えにくかった方も相当いるだろうと感じました。

アンケートの集計後、どういう防災報道が役に立つのかをずっと考えていたのですが、イラストで分かりやすく紹介することで、防災に興味のない人の目を引こうという考えしか思いつきませんでした。「新聞社自ら地域に入り、命を守る行動を住民と考える」という部長の考えを聞いて、そういうやり方もできるんだと、少し救われた気がしたことを覚えています。

ワークショップを始めた当初は、参加者同士で「そんなことに困っていたんだ。だったら言ってくれればよかったのに」というやりとりが多く、震災でうまくいったことはもとより、うまくいかなかったことを共有することで、次の災害への備えに役立つのではと思いました。中高生の参加する会では、家族に当時の状況を聞いてから参加していただくので、若い世代にとっては、家庭内の伝承の機会にもなっていると思います。

安藤TOHOKU360では、市民参加が一番の特徴だと思います。私自身がプロの新聞記者として仕事をしている中で、職業記者が行ける範囲や、アクセスできる話題というのが、実はすごく限られているのではと思っていました。だとしたら、カバーできていない広い範囲のところ、情報が出てきていない地域の話題を市民の方が発信できるような世界になれば、もっと情報が豊かになるのではと。もしかしたら災害報道も、もっと網目の細かい報道ができるかもしれないと思い、市民参加という形で始めました。

色々な職業の通信員が東北各地にいて、多様な話題があることが市民参加のおもしろさだと感じています。台湾から移住してきた通信員は、外国人労働者がコロナ禍で何に苦しんでいるのかを取材してくれました。平時でも災害時でも、話題の多様性が大事なのかなと感じています。

防災・減災とメディアのあり方について、自身のお考えをお聞かせください。

須藤防災報道に関わってきて、特に震災後に知識はもちろん、何がどこで起きたかを記録することが大事だと感じました。その記録を自分だったり、家族だったり、自分事にしてうまく行動に結びつけられるようにしたいと思っています。

「大変なことや悲しい出来事が起きた」だけで終わらせてしまうと、防災につながらないので、そこをどう行動につなげていくのか。非常に難しいところですが、「むすび塾」では必ずイラストを使って成果を発表したり、こういう取組をしませんか?という提案をしたりするようにしています。その提案は、地域の人はもちろん、同じような課題を抱える他の地域でも大きなヒントになると思います。

安藤須藤さんがおっしゃっていたことは、まさにその通りだなと思います。やはり、メディアが報じる情報の価値は大きいです。情報を届けるという使命を果たしながら、その先の行動につなげることをプロジェクトとして活動されていて、さすがだなと思いますし、とても重要だと思います。

震災を知り、自分の言葉で発信することで防災・減災の行動を促す

おふたりは、若年層の活動を後押しされています。若年層にどういった未来を期待されているのか、また取組により得られた効果を教えて下さい。

須藤中学生を対象にしている「かほく防災記者」では、震災の語り部の方から、被害状況や当時の課題を聞くのはもちろんですが、夏休みに家族と一緒に防災活動に取り組んでもらい、必ず「行動」をしてもらう仕掛けをしています。例えば、家具の転倒防止対策や非常用持ち出し袋の準備、非常食を食べるなどです。秋には、最寄りの避難所まで家族と一緒に避難訓練をしてもらい、道中の危険な場所や災害に役立つことなど、原稿を書いて紙面で紹介する取組をしています。

記事にするということは、大変だけれども理解するための大事な作業です。よく、学習効果が一番高いのは、人に教えることだと言われますが、記事を書くことも、取材したことを整理して、自分の言葉で誰かに伝える作業なので、人に教えるのと同じくらい学習効果があると思っています。安藤さんもそう感じていらっしゃると思います。

安藤そうですね。TOHOKU 360でも高校生や大学生が被災地で語り部の方の話を聞くなど、自分で取材をして記事を書いてもらうことがあるのですが、そうすることで自分の言葉になるんですよね。テレビや教科書で見たのとは違って、その場所に行って何かしら感じて、理解して言葉にして、自分の言葉になったら、そこで初めて他の人に伝えることができるので、それが震災伝承の肝になるのではと思っています。

私自身も震災当時は学生で、初めてボランティアで女川町に行きました。自分の目で見て、人々に話を聞いて、そこで体験したことを東京に戻って自分の言葉で友達に伝えて、そこで災害の話がどんどん広がっていくんです。そういう体験をつくることは、メディアとしてすごく意義のある活動なのではと思います。

須藤「かほく防災記者」は今年4期目になりますが、生徒たちはこれから高校生になっていくので、安藤さんにバトンタッチしていこうかと。

安藤恐れ多いですが、そうですね。「高校生記者がゆく」でぜひバトンタッチできたらいいですね。

須藤互いに違うメディアですので、それぞれのメディアの特性を生かした発信の仕方ができたらいいですね。若い世代が自分で調べて発信することが大事だと思います。若い世代が発信することで、同じ世代が反応してくれたらいいなという期待がありますね。安藤さんは震災後に宮城に来て、何か引け目みたいなものを感じたことはありますか?

安藤引け目という言葉が適切かどうかは分かりませんが、一番大変な時にその場にいなかったのと、震災前のまちを知らないという2点は、やはり地元の人にはかなわないのではないかという思いはありました。

須藤若い人に、そういう引け目というか、遠慮のような気持ちを持つ方が多いと感じています。次世代塾で、大きな揺れは経験したけれど、大変な思いはしていないという内陸地の方や、進学で県外から宮城に来た方がいて、自分なんかが震災について話していいのかと。その場合は、「思ったことをどんどん発信してください」という声がけをしています。そうすることで、次世代を担う人たちの間に、少しだけでも震災伝承や防災について広めていってほしいと思っています。

安藤震災を経験している子も、していない子も、どちらにも発信してほしいですね。大学生が書いた記事でも、震災を経験した子は書くことで自分の気持ちと向き合っていると思いましたし、震災を知らない子は感じたことを自分の言葉で書くことで、自分の体験になっていくと感じています。

あとは、震災に限らずですが、高校生や大学生が取材に行くことで、地域の方も「発信してくれてうれしい」っておっしゃいます。語り部の方は励みになりますし、地域を応援する効果もあるのではと感じています。

須藤それは確実にあるんじゃないかな。若い人が放つ独特のエネルギーがありますよね。震災に限らずですが、若い方が来る地域は元気ですよね。

互いのメディアの特徴を生かしながら、時には協力し合えたら

お互いの活動に関して、率直な感想を教えて下さい。

須藤WEBの記事を読むと、新聞の記事よりも自由度が高いですよね。それぞれ書いた方の想いも入っていて。新聞はどちらかというと想いの部分は外すので、そういう感情を入れずに事実を伝えることは大事だと思いますが、色々なスタイルの記事があっていいと思っています。安藤さんのTOHOKU 360のように、色々なことに興味のある人が、それぞれの価値観で取材して発信することは、とても大事だと思いました。

あとは、やはり外からの視点って大切だと思います。地域おこしって「よそ者、若者、ばか者」が大事だといいますが、安藤さんのような外からの視点で地域が元気になることを期待しています。現に若者はいるわけですから。仲間内にばか者はいますか?

安藤私ですね(笑)

須藤では兼務で(笑)よそ者とばか者の視点で、発信をしてもらいたいなと思います。

安藤ありがとうございます。河北新報さん自体、私が言うまでもなく、震災の報道を深くされてきたので、そのイメージが強かったのですが、「むすび塾」などの活動を直接伺うことができて、防災に対して色々なことをされているなと。新聞を出すだけではなく、地域をどうやって支えていくのか、震災の記憶をどう伝承していくかを、対面で学べる場所をつくって、色々な方の対話を生み出しているのが、本当に素晴らしいです。

須藤先ほど、安藤さんが震災前の被災地がどんなところだったのか知らないとおっしゃっていましたが、これから世代的にもますます増えていくので、そこをうまく伝えるのがこれから非常に大事になってくると思います。

震災前、そこには生活があって、喧嘩したり笑ったりといった普通の日常がなくなってしまったこと、失われた大きさをしっかりと伝えること。紙媒体とWEBで違いはありますが、それぞれ得意とするメディアでどんどん発信していく必要があると思います。

安藤本当にそう思います。震災の悲惨さだけを伝えるのではなく、その地域で元々あった暮らしや文化をあわせて伝え続けることで、地域の見え方は変わるように思います。

須藤それがごくごく普通のことであるほど、我が身や家族に重ねることができると思うんですよ。普通のことをどう伝えるか、工夫してきちんと伝える努力が必要ですね。

安藤あと、一般論というか、抽象的になってしまうかもしれませんが、メディア同士も、もうちょっと協力し合えたらいいなと思っています。令和元年東日本台風の際に、東北全体に被害が発生していたので、通信員の方々が各地から送ってくれた情報をWEBで発信していました。たまたまNHKラジオ番組にレギュラーで出演していたので、通信員の方にも地域の情報を話してもらい、メディアを通してコラボをしたことがあります。

河北新報さんの情報って、きちんと整理されていて発信力が高いので、そこに市民記者などの違う視点や、地理的に多様な情報が連携して加わると、たくさんの情報で防災につながるのではと。そういったメディアの豊かさみたいなものが地域にあればと常々思っているので、その生態系の一部になれるといいなと思っています。

なので、防災に関しても、先ほど須藤さんがおっしゃった若者のバトンタッチもぜひやりたいと思いますし、メディア同士の連携も実現できれば地域にとってよりいい形になるのではと。

今回のクロストークの感想を教えてください。

須藤2014年ごろに安藤さんと名刺交換をして以来接点がなかったので、この機会を生かして、何か連携していきたいですね。

安藤河北新報さんのことをとてもリスペクトしているので、お会いする前は緊張していました。須藤さんの話を聞いて、やっぱりとても真摯に、純粋に地域のことを考えていらっしゃるんだと改めて思いました。こういう活動を続けていくのって、金銭面も含めてかなり大変だと思いますし、それを使命感で続けていらっしゃるので、それが続く土壌が地域にあるといいなとすごく思いました。

須藤他メディアではあまりないと思うのですが、安藤さんとは取材エリアが東北という共通点もありますよね。そういった意味での親和性は高いですね。

安藤そうですね。色々とご一緒できるとうれしいです。ありがとうございました。

河北新報社

宮城県を中心に東北6県で朝刊部数45万部を発行する地方新聞社。地域密着型の報道を続け、2023年に創刊126周年を迎えた。防災・教育室では、防災・減災に関連したプロジェクト全般を推進し、東日本大震災を契機とした防災教育に注力している。

TOHOKU360

東北のいまを東北に住むみんなの手で世界に伝える、市民参加型のニュースサイト。メディア出身の「編集者」と、東北6県の各地に住む市民の「通信員」とが力を合わせ、まだ知られていない価値あるニュースを一人一人が自分の足元から発掘し、全国へ、世界へと発信している。